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zoom RSS 将門伝説 日秀観音の首曲がり地蔵、将門神社、将門の井戸

<<   作成日時 : 2012/04/05 13:08   >>

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成田の方へ行く国道356沿いの我孫子市日秀(ひびり)の日秀観音には首曲がり地蔵と言われるものがある。
(上の写真) 寺の塀の一部があいていて、そこに地蔵は道路を向いて立ち、少し首をかしげている。
成田山は平将門調伏のために作られた寺、この地蔵は成田山を嫌い、顔を背けた姿とも言われるらしい。
この辺りの地元の人は成田山には詣でないと大正時代に編纂の湖北村誌にあるという。
日秀観音は平将門の守り本尊と伝えられるそうだ。

近くには10分も歩けば"将門神社,"と将門の井戸"がある。
成田線の踏切をわたって少し行き、右の道にはいると将門神社、左の坂を下ると将門の井戸である。
分かれ道に標識が立っているが、市が立てるものとは違う。将門を慕う地元の有志によるものではないだろうか。
将門神社一帯は将門が幼少期を過ごした所とも言われる。
将門の死後、将門の霊を携えた遺臣が手賀沼を馬でかけ渡り、この丘で日の出を拝したとの言い伝えがあるそうだ。(生前の将門が沼をかけ渡り、、死後遺臣がこの丘に祀ったという伝承もあるようだ。)
今は埋め立てられて田んぼになってしまったが、将門の時代には神社の下の手賀沼は水ををたたえていたはずである。
あたりはまだ畑も残り、隣に市営住宅などが建つ一角に鳥居があり、その奥に小さな石造りの祠がある。
初めて見た時、その小ささにおどろいた。将門は国賊とされた人、ひっそりと祀られてきたのだろうか。
粗末な低い金属のフェンスに真新しい「将門神社」という表札がくくりつけられていた。
訪ねてくる人が増えたのだろうか。
手賀沼の対岸の柏市沼南地域にも、小さいながらも見事な彫刻で飾られた我孫子のものよりずっと立派な将門神社がある。しかしそんなに見事なものになったのは比較的最近のことで、神社名も将門神社でなく別の名でずっとひそかに祀られてきたと聞いたことがある。

「将門の井戸入り口」から坂をくだるとすぐ将門が開いたという伝承のある井戸の跡の窪地がある。
かつてはこんこんと水が湧き出たというが今は水は枯れている。
ちょうど井戸の前から数軒の住宅がまとまってたっている。
ケンケーンとキジが鳴いた。

手賀沼の対岸の柏市の沼南地区にも将門にまつわる伝承が多いらしい。



日秀観音


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日秀観音の大マキ

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右へ入ると将門神社。手前を左に降りると将門の井戸


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将門神社


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将門の井戸


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